1. 雇用調整助成金とは
経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、従業員の雇用を維持するために休業や教育訓練、出向を実施した場合に、その費用の一部を助成する制度です。
景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により、事業活動が縮小した際に従業員の雇用を守るための「セーフティネット」としての役割を果たしています。かつては主にリーマンショックや東日本大震災などの大きな経済的影響があった際に活用されていましたが、近年では新型コロナウイルス感染症や能登半島地震などの際にも特例措置として運用され、多くの企業の雇用維持に貢献しています。
2. 助成金の目的と概要
雇用調整助成金は、経済環境の悪化などにより一時的に経営が厳しくなった企業が、従業員を解雇せずに雇用を維持することを支援するための制度です。
助成金の主な目的
- 景気変動時における雇用の安定
- 労働者の生活の安定
- 企業の一時的な経営悪化時の支援
- 経済回復時の円滑な事業再開の促進
重要なポイント
雇用調整助成金は、労働者への直接的な給付ではなく、事業主に対して支給される助成金です。事業主は従業員に休業手当等を支払った後、その費用の一部が事業主に助成されます。
3. 主な受給要件
雇用調整助成金を受給するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります:
1
雇用保険の適用事業主であること
雇用保険に加入している事業所であることが基本的な要件です。
2
事業活動の縮小
売上高または生産量などの事業活動を示す指標について、直近3ヵ月間の月平均値が前年同期に比べて10%以上減少していることが必要です。
3
雇用量が増加していないこと
雇用保険被保険者数および受け入れている派遣労働者数による雇用量を示す指標について、直近3ヵ月間の月平均値が前年同期に比べて、
- 中小企業の場合:10%を超えてかつ4人以上増加していない
- 中小企業以外の場合:5%を超えてかつ6人以上増加していない
4
実施する雇用調整が一定の基準を満たすこと
休業、教育訓練、出向などの雇用調整措置が、労使間の協定に基づいて実施される必要があります。
追加の受給要件
上記のほか、雇用関係助成金共通の要件を満たす必要があります。詳細は厚生労働省の「雇用調整助成金ガイドブック」や公式ページで確認してください。
4. 支給対象となる雇用調整方法
雇用調整助成金の対象となる雇用調整方法は、「休業」「教育訓練」「出向」の3つに分類されます。
休業させた場合
休業とは「労働者がその事業所において、所定労働日に働く意思と能力があるにもかかわらず、労働することができない状態」を指します。
- 労使間の協定により、所定労働日の全一日にわたって実施されるものであることが基本
- 事業所の従業員(被保険者)について1時間以上実施されるものであっても対象となる場合あり
- 有給休暇中や病気休暇など「労働の意思や能力がない」場合は対象外
教育訓練を実施した場合
休業期間中に、従業員のスキルアップのための教育訓練を実施した場合も助成の対象になります。
- 休業の場合と同様の基準に加え、職業に関する知識・技能・技術の習得や向上を目的とするものであること
- 受講者本人のレポート等の提出が必要
- 教育訓練を行った場合は、一人当たりの助成金が加算される
出向させた場合
従業員を一時的に別の会社に出向させる場合も、雇用調整助成金の対象になります。
- 対象期間内に開始され、3ヵ月以上1年以内に出向元事業所に復帰するものであることが条件
- 資本的・組織的に見て独立性のない事業主間の出向は対象外
- 出向元事業所と出向先事業所が賃金をそれぞれで負担することが必要(いずれかが100%負担する場合は対象外)
ワンポイントアドバイス
教育訓練の実施は、単なる休業よりも助成金額が増額されるため、事業活動縮小期間を有効活用してスキルアップを図ることが企業にとっても従業員にとってもメリットがあります。
5. 支給額の計算方法
雇用調整助成金の支給額は、実施した雇用調整の方法や企業規模によって異なります。
基本的な助成率
企業区分 | 休業・教育訓練の場合 | 教育訓練実施時の加算額 (1人1日あたり) |
---|---|---|
中小企業 | 2/3 | 1,200円 |
大企業 | 1/2 | 1,200円 |
1人1日当たりの助成額の上限は8,635円となっています。
支給日数の上限
休業・教育訓練の場合は、初日から1年間で最大100日分、3年間で最大150日分まで受給できます。出向の場合は、最長1年の出向期間中受給可能です。
累積支給日数による助成率の変更
累計の支給日数が30日に達した判定基礎期間の次の期間からは、助成率や教育訓練の加算額が変わります:
企業区分 | 30日超え〜50日以下 | 50日超え〜100日以下 | 100日超え〜150日以下 | 教育訓練加算 (1人1日あたり) |
---|---|---|---|---|
中小企業 | 9/20 | 4/10 | 1/3 | 600円 |
大企業 | 3/10 | 1/5 | 1/4 | 600円 |
計算例:休業の場合
中小企業で、1日あたりの休業手当が9,000円、3日間休業させた場合:
9,000円 × 2/3 = 6,000円(1日あたりの助成額)
6,000円 × 3日 = 18,000円(支給総額)
計算例:教育訓練の場合
中小企業で、1日あたりの賃金が9,000円、3日間教育訓練を実施した場合:
9,000円 × 2/3 = 6,000円(1日あたりの助成額)
(6,000円 + 1,200円) × 3日 = 21,600円(支給総額)
注意点
通常時と特例措置時(能登半島地震・豪雨特例など)では、助成率や上限額が異なります。特例措置を利用する場合は、それぞれの詳細な条件を確認してください。
6. 申請の流れと必要書類
雇用調整助成金の申請は、以下の流れで行います:
1
休業等の計画立案
雇用調整(休業・教育訓練・出向)の具体的な計画を立案します。
2
計画届の提出
「休業等実施計画(変更)届」を管轄の労働局またはハローワークに提出します。提出期限は休業等を開始する日の前日までです。初回の届出の場合は、休業等の初日の2週間前までを目安に提出してください。
3
計画に基づく雇用調整の実施
提出した計画に基づいて、休業や教育訓練、出向などの雇用調整措置を実施します。
4
支給申請書の提出
雇用調整の実施後、「支給申請書」を管轄の労働局に提出します。申請期限は「支給対象期間」の末日の翌日から2カ月以内です。
5
審査・支給
労働局による審査を経て、助成金が支給されます。審査から支給までは通常約1~2カ月程度かかります。
申請に必要な主な書類
- 休業等実施計画(変更)届
- 事業活動の状況に関する申出書
- 支給申請書
- 休業・教育訓練計画一覧表
- 休業・教育訓練実績一覧表
- 支給要件確認申立書
- 労働・休業協定書
- 教育訓練を行った場合は、各受講者のレポート
- 賃金台帳、タイムカードのコピーなど
オンライン申請も可能
雇用調整助成金は「雇用関係助成金ポータル」からオンライン申請することも可能です。詳細な手続きは厚生労働省のホームページで確認できます。
7. 申請時の注意点
雇用調整助成金の申請にあたっては、以下の点に注意しましょう。
計画届提出の期限を守る
休業等の実施前に計画届を提出する必要があります。期限に遅れると原則として助成金は支給されません。
書類の不備をなくす
一度提出した書類の差し替えは基本的にできません。記入漏れや計算ミスがないよう、提出前にしっかりと確認しましょう。
支給対象となる「休業」の定義を理解する
有給休暇中や病気休暇など「労働の意思や能力がない」場合は、雇用調整助成金の対象とならない点に注意してください。
教育訓練を実施する場合の要件に注意
教育訓練を行った場合は、職業に関連する知識・技能の向上を目的としたものであることが必要です。単なる会議や作業指導は対象外です。また、受講者本人が作成したレポートの提出が必要です。
残業との相殺に注意
通常時は、同一月内に残業があった場合、残業時間相当分が助成対象の休業日数から相殺されます(特例期間中は適用されない場合があります)。
支給申請期限を厳守する
支給対象期間の末日の翌日から2か月以内に申請する必要があります。期限を過ぎると申請できなくなります。
特に注意すべき事項
雇用調整助成金の不正受給は厳しく罰せられます。実態と異なる申請や虚偽の報告は絶対に行わないでください。
8. 不正受給のペナルティ
助成対象となる「休業」を実施していないにもかかわらず実施したものと偽って申請するなど、不正が認められた場合、次のような厳しいペナルティが科されます:
- 不正受給した助成金の全額返還:不正の事実があった時点以降のすべての受給額を返還
- 延滞金の加算:不正受給の日の翌日から納付の日まで年3%の割合で算定した延滞金が上乗せ
- 追加納付:返還を求められた額の20%相当額の納付
- 事業所名の公表:重大または悪質な場合は、事業所や代表者名などが公表される
- 助成金受給停止:支給取り消し日から5年間は、雇用関係助成金が支給されない
- 刑事告発:詐欺、脅迫、贈賄等刑法への抵触行為があった場合、刑事告発される可能性
関与者への罰則
社会保険労務士や代理人、教育訓練を行う者が不正受給に関与していた場合、申請事業主と連帯して責任を負います。また、それらの者の名称や所在地なども公表される場合があります。
「少しくらい書類を書きかえても大丈夫だろう」「多少人数を水増ししてもばれないだろう」といった軽い気持ちが、取り返しのつかない事態を招く可能性があります。申請は正確かつ誠実に行いましょう。
9. 特例措置について
通常の雇用調整助成金とは別に、大規模な経済危機や自然災害などの際には、特例措置が設けられることがあります。現在(2024年)は、能登半島地震および豪雨に係る特例措置などが実施されています。
特例措置の主な特徴
- 受給要件の緩和(売上減少率の要件緩和など)
- 助成率の引き上げ
- 上限額の引き上げ
- 申請手続きの簡素化
令和6年能登半島地震及び豪雨に係る特例措置
令和6年能登半島地震および豪雨の被害を受けた地域に対して、特例措置が設けられています。これは「地震と豪雨双方の被害を受けた能登地域」の特殊性を考慮したものです。
能登特例の対象地域と期間
能登半島地震および豪雨の被害を受けた地域の事業主に対して、令和7年の1年限りの特例措置が設けられています。詳細は厚生労働省のホームページで確認してください。
特例措置を利用する場合は、通常の雇用調整助成金とは異なる専用の様式やガイドブックが用意されていますので、必ずそれらを参照してください。
10. よくある質問と回答
雇用調整助成金の計画届はいつまでに提出すればいいですか?
計画届の提出は支給対象期間(出向の場合は支給対象期)ごとに行います。提出の期日は休業等を開始する日の前日までです。ただし初回の届出の場合は、休業等の初日の2週間前までをめどに提出してください。
雇用調整助成金の会計処理はどうなりますか?
雇用調整助成金だけに限らず、国や地方公共団体からの補助金・助成金の勘定科目は「雑収入」となります。受給された助成金は、法人であれば法人税、個人であれば所得税の課税対象となりますが、事業の対価として得たわけではないので、消費税の課税対象にはなりません。
雇用調整助成金は税理士が申請できますか?
雇用調整助成金は、ご本人が申請いただくか、社会保険労務士に依頼されるかになります。税理士はこの業務を受けることが法律上できません。
雇用調整助成金の調査対象は?
雇用調整助成金や緊急雇用安定助成金の調査対象は申請したすべての会社です。また支給申請してから5年間が調査対象期間となります。書類は適切に保管しておく必要があります。
個人事業主も雇用調整助成金を受給できますか?
個人事業主も雇用保険の適用を受けていれば雇用調整助成金の対象となります。従業員を雇用し、雇用保険に加入していることが条件です。
11. まとめ
雇用調整助成金のポイント
- 雇用調整助成金は、経済上の理由で事業活動が縮小した際に、従業員の雇用維持を図るための制度
- 休業、教育訓練、出向の3つの雇用調整方法が対象
- 申請には計画届の提出など、一定の手続きが必要
- 教育訓練を実施すると助成金が加算されるため、積極的な活用がお勧め
- 不正受給には厳しいペナルティがあるため、正確な申請が重要
- 災害時など特殊な状況では、特例措置が設けられることがある
雇用調整助成金は、企業にとって従業員の雇用を守るための重要なセーフティネットです。経済状況の悪化などにより一時的に経営が厳しくなっても、この制度を活用することで、従業員の雇用を維持し、事業の継続性を確保することができます。
申請にあたっては、最新の情報を厚生労働省のホームページで確認するか、管轄の労働局やハローワークに相談することをお勧めします。また、専門的なアドバイスが必要な場合は、社会保険労務士など専門家への相談も検討しましょう。
参考リンク
※この記事は2024年5月時点の情報に基づいて作成されています。最新の制度内容は厚生労働省の公式ホームページでご確認ください。
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